スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

日食だったんだな。

表に出たら、結構な数の人がうろついていた。
皆、同じことを感じていたに違いない。

出番のない『手製09式日食観察鏡・改2型乙』(脱着式自動車用ウィンドウフィルムの再利用)を捨て、雲越しに肉眼観測を行う(本当は駄目だ)。8割以上は欠けたのではあるまいか。

ピークに達するともう光源が小さすぎて雲越しには見えない。
その頃に出てきて「駄目だな。雲が厚くてお日さんなんか見えやしない。おまけにこう暗くっちゃ・・・」などとぼやき始めた粗忽者がいる。
この者、昼下がりに食がすっかり明けると「今頃晴れてきやがった。昼前にこんだけ照ってりゃよく見えただろうに・・・」いや照ってて見えたらおかしいって。太陽ひとつしかないし。

・・・ふと思う。連星系の日食というものはどうなのだろう。衛星の数にもよるだろうが、同時に姿を隠すことはそれこそ天文学的確率に違いない。
何年毎しょっちゅうどこかで拝める地球でさえ往時は、いちいち凶兆じゃ!と大騒ぎしてきたのである。何世紀にいっぺんともなれば文明がひっくり返るほどの騒ぎにさえなるかも知れない。アシモフの「夜来たる」ばりに。

大枚叩いて悪石島に集った皆々様にはお気の毒だったが、往古日食というのは人々は恐れ戦き篭り隠れ、神官は生贄を捧げ、権力者は斎戒沐浴して蟄居し、政敵にこれお天道様が見放した証なりと無茶な言い掛かりをつけられぬよう気を配らねばならぬ厄介な日だったとか。目出度くもなければ歓迎したくもなかったことだろう。
むしろ神々サイドからすれば、日ごろ感謝と畏怖を忘れがちな人間どもに自分を恐れさせるべく顕現する絶好の機会であるのかも知れぬ。むしろ恐れてくれなければ困るのだ。
だから皆さん、そういうことだった・・・身をもって確かめる余人ならぬ機会を得た・・・とうことで納得できる道理があるわきゃないか。34万円。


『手製09式日食観察鏡・改2型乙』は、モスボールして(引き出しに放り込んで)3年後まで保管することにしよう。
・・・脳に蝕がキたものか、意識が翳ってきたのでここらでキーを置く。





スポンサーサイト

原子力にて航行中!?

・・・んなわきゃない。

そうここはホームセンターの海水魚コーナー。
ガラス越しにただずむそいつの名は、オウムガイ(ノーチラス)。
遥か太古、まだ地上に植物が進出するかしないかのシルル紀(だったか?)に出現し、三葉虫なんぞを喰いながら超海洋パンサラッサの覇者となりおおせた偉大な古代頭足類の裔である。

別に1955年にタイトルのそれを世界で初めて実現した歴史的潜水艦でもないし、なぜか19世紀末の世界で誘導魚雷を速射してガ・・・謎の潜水艦隊と死闘を繰り広げたあれでも、ましてとどめに宇宙に飛び出して謎の巨大円盤状母艦と刺し違えたそれでは断じてない。その先にセカンド何とか言う大爆発が・・・そうじゃないそうじゃなくて!

最大の謎はなぜここにそんなものがいるのか、である。
ホームセンターである。私はクレオソート杭とレンガを買いに来たのである。
その隅のテナントである。
こういうのは一軒立ちの専門店で、知識あるプロ・スタッフに恭しく守られているものではないのか?
見ろ、子供がガラスをつんつんしているぞ。
やめないか坊主生きた化石だぞ!
モンペアが怖いから口に出せないけど。

いかなる運命を辿ってここにいるのか。
時折こちらを一瞥する瞳は黙して何も語らない。


獣たち。

・・・そいつは、仰向けで鼾をかいていた。

『野良寝』というやつらしい。白くて丸い毛玉な体から短い四肢を投げ出し、太平楽を決め込んでいる。
膨大な数の個体が全国の家庭のケージ内にいるはずだが、なぜか野生での生息は確認されていない。
その理由がここに集約されていると確信する。こんな習性を身に着けた生き物が特定外来生物になる日は、たぶん来ない。
つか、野生種のこいつらには生息地で野良寝の習性はあるのだろうか?


・・・そいつは、耳に合わせて胴も伸ばしていた。わけはない。

よく見る動作だが、本来全身をバネにした跳躍力が身上の生き物ゆえに、バネたる胴もよく伸びるのであろうか。もっとも多くの作出品種の中にはとうにそんな能力を失ったものも少なくない。
ところで彼らにはなぜか心優しく儚げでメルヒェンなイメージが付きまとう。いわく草食ゆえに闘いを知らない。なんと水を飲んで死ぬ。はては寂しいと死んでしまう・・・

全部嘘だ、ということを私は知っている。

そいつはストレッチの後、同室の兄弟を押しのけて給水器からガブガブ喉を潤し、何を思ったかケージ越しにがしがし頭突きをかましてきたのである。それも複数回。
店員嬢は頼みもしないのに『連れてって♪』と訳してくれたが、誤訳であろう。
たぶん北海道のイーグル・ドライバーがその昔持たされたという小冊子の中身と、意味合いはほぼ同様のはずである・・・と思う。

・・・で、こうしてペット売り場で遊んでいるうちに、何を買いにいったか忘れてしまったのだが。

健康本と参考書。

どちらも手元に置いただけで使った気になる、という共通項。
かくして今日の積読の山、明日の書棚の肥やし。

あ、健康本といっても『壮快』とかの仲間では決してない。
ありふれた体操の本だ。ちゃんと読むには読んでいる。

・・・・体操の本をただ読みふける、この無意味さ。
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。